なあ君、ファミレスを享受せよ。
今年の春辺り(だったらしい)、Steam版のリリースが発表されたとき、この妙なキャッチコピーに心をつかまされた。キャッチコピーの意義そのまんまである。
が、夢を見ているような不安定でどこか落ち着かない世界観や予想されるボリュームなどから遊んでいなかった。
それが半年強の時を経てSwitch版が発売されたということでいい加減やるかという気持ちで購入。早速プレイしてみたのだ。
以下、やんわりとシナリオのネタバレを含みます。
雰囲気ゲー。この言葉があまりにも似合う作品である。僕はシナリオを終える2時間30分、ゲームを遊んでいたのではなかった。ファミレスを享受していた――――
遊んでみて何よりも心打たれたのは独特な表現だろう。舞台となるファミレスの内装や登場人物は全てメモ帳のラクガキかのような簡素で細い線で描かれており、色彩は月のひかりを思わせるクリーム色で陰影は青黒く表現されている。
この、明らかに作業工数の少なそうな視覚情報に、このゲームの魅力の一端があると思う。
アドベンチャーゲームとして典型的な、選択肢を選んでテキストを読むという遊び方なのだが、画面の動きがテキスト表示のみと最小限に抑えられているため、世界観にすんなり没入できた。
音楽もとてもいい。視覚的に受け取った世界観をより一層強固にするベストマッチな曲調。ゆったりとしておだやか。"永遠のファミレス"という本作の特徴的な舞台を確かなものにする大きな要素だ。
強いて言うのであれば、近頃のファミリーレストランでは有線放送でポップスを流している印象が強く、イージーリスニング然とした本作のBGMはファミレスというより喫茶店を思わせた。もちろん合っていないという話ではなく、思い返してみるとファミレスってポップス流れがちだよな、という単なるリアルな印象の話なのであしからず。
また、この作品の素晴らしいところは、想定プレイ時間3時間弱のボリュームで、その独特なストーリーや世界観をうまく納得がいくように構成しているところだろう。
正直なところ、世界観についての詳しい説明はあまりない。2つ目のEDを踏んでから開放されるイラストギャラリーにて大体の世界観説明は読むことができるが、月が2つあることやなぜファミレスでは死なないのかなど、いくつかの疑問を残してこのゲームは終わってしまう。
しかし、前述の通りこのゲームは雰囲気ゲー。ゲームスタートから3秒で、「このゲームは雰囲気を楽しむゲームです。」と画面とスピーカーが訴えかけてくる。その上でストーリーの根幹をなす永遠のファミレスに呼ばれた謎は、プレイヤーの行動をもってはっきりと解ける。
一度雰囲気ゲーとして飲み込んでしまった手前、丁寧に舞台説明を頂くので「えっ、いいんですか?」という気分でお話を読み進めることになった。
最終的に残ったいくつかの疑問は、まあ雰囲気ゲーだしなという気持ちとまあ現実じゃないしそういうこともあるだろという気分でうやむやになる。このゲームにはそういう説得力がある。
そんなかんじ。
なんの前触れもなく間違い探しが出てきたときは、学生時代通い詰めたサイゼリヤでの奮闘を思い出してさみしくなった。僕はあのとき、あの場所でたしかにファミレスを享受していた。
満月のきれいな夜は、ちょっと夜ふかししてファミレスを享受するのもいいかもしれない。ドリンクバーもあるし、ね。